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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)5221号 判決 1963年10月23日

原告 日本シヤフト精工株式会社

被告 東京生命保険相互会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告は「原告に対し金百三十万円及びこれに対する昭和二十九年五月一日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「訴外伊藤豊繁は被告会社大阪東支社南支局長として勤めていたものであるがその間訴外井上安次、同田岡康夫と共謀の上昭和二十七年十月二十四日頃大阪市東区備後町二丁目野村二ビル内被告会社大阪東支社南支局において原告会社常務取締役清水光夫、同代表取締役滝田茂松に対しその事実なきに拘らずあるように装い、被告会社大阪支社として原告会社の手形を入れてくれたら三百万円融資してやる旨申向け、同人等をして約束手形を差入れるにおいては真実被告会社が融資してくれるものと誤信させ因つて同月三十一日頃兵庫県尼崎市難波本町一丁目三八番地所在原告会社において原告会社取締役梶原久雄を通じ、原告会社代表取締役滝田茂松振出にかかる(一)金額百万円、満期昭和二十八年一月二十二日、支払地大阪市、支払場所株式会社大阪銀行船場支店、振出地尼ケ崎市、振出日昭和二十七年十月三十日、受取人白地とした約束手形、(二)満期昭和二十八年一月二十七日とした他(一)の手形要件と同じ約束手形、(三)満期昭和二十八年二月一日とした他(一)、(二)の手形要件と同じ約束手形各一通を交付させてこれを騙取した。

その後訴外伊藤豊繁は右(一)の約束手形に対する融資額(額面より日歩二銭九厘の割合による昭和二十七年十一月五日より昭和二十八年一月二十二日まで七十九日分の利息金二万二千九百十円を差引いた残額)金九十七万七千九十円を原告に交付したのみで右(二)、(三)の手形に対する融資金を持参せず、原告の再三の請求に対し言を左右にして時日を遷延せしめるのみであつた。

原告は昭和二十七年十二月末に至つて被告会社大阪東支社長沖浦耕之助より、また昭和二十八年一月に至つて被告会社取締役木村喜一よりいずれも右融資契約は被告の関知しないところである旨聞かされたのである。

そのうち右二通の手形の満期が到来し、いずれもその所持人である訴外大阪証券融資株式会社より支払のため支払場所に呈示されたので、原告は右融資を受けなかつた(二)、(三)の各手形の支払を拒絶したのであるが法律上右訴外会社に対する支払を拒み得る理由が存しなかつたためやむなく調停において右(二)、(三)の手形金額計二百万円に対し金百三十万円を支払つてこれを解決することとし昭和二十九年四月十日頃その支払をしたのである。

かくて原告は右訴外伊藤豊繁の不法行為により金百三十万円の損害を蒙つたのであるが、その不法行為は被告会社の融資業務の執行につき行われたものであるから被告は右訴外人の使用者として原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

いうまでもなく民法第七百十五条にいわゆる事業の執行につきとは当該不法行為者の行為が職務行為でなくとも外形上職務行為と認むべき場合はもちろん外形上職務行為と認め得ない場合でも職務行為を助成するためこれと適当な牽連関係に立つ場合を含むものであるから本件損害はまさに訴外伊藤豊繁が被告の事業の執行につき加えたものというべきである。

すなわち被告会社は融資業務を行つており、伊藤豊繁は被告会社の大阪東支社南支局長であるから同人が融資についての業務に従事することは外形上何等不思議なことではなく、同人に融資についての権限がないことは融資についての権限を有する者の補助者としての職務行為までを否定するものではない。

また伊藤豊繁は被告会社大阪東支社の事務所において原告代表者等に対し生命保険契約の締結を条件に融資する旨申入れているのであるから同人の欺罔行為はまさに自己の職務行為たる保険契約の募集業務と密接な関係にあるもので外形上職務行為と認めざるを得ないものである。

よつて原告は被告に対し前記損害金百三十万円及びその損害が生じた後である昭和二十九年五月一日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。」と述べ、

なお被告の消滅時効完成の抗弁に対し「被告主張の抗弁事実中(一)、(二)、(三)記載の事実、同(四)、(五)記載事実のうち被告主張と同趣旨の調停が成立し、原告が昭和二十九年七月二十九日伊藤豊繁を告訴した事実はいずれも認めるがその余の被告主張事実は争う。

民法第七百二十四条の損害及び加害者を知りたるときとは消滅時効の本旨より考えて、不法行為に基く損害賠償請求権を行使し得べき要件事実を認識したときであり、使用者責任に基く損害賠償請求にあつては当該不法行為が職務の執行につきなされたものであることが原告の主張、立証責任に属する要件事実である以上これについての認識がなければ使用者に対する損害賠償請求権を行使することができず従つて消滅時効も進行しない。

それではその認識するというのにはどの程度の認識を必要とするかといえば、民法第七百二十四条の知るというのは単なる想像や憶測では不十分で、時効制度の本旨からして被害者が使用者に対し損害賠償の訴を提起し得るとの確信を有する程度に至つてはじめて知るといえるのである。

本件において原告が伊藤豊繁の本件手形詐取は被告の事業の執行につきなされたもので被告に対し損害賠償請求権を行使し得ることを認識したのは昭和三十五年十一月中旬であつて、消滅時効はこれより進行を開始するのである。

それまでの経過を概略すると

(1)  昭和二十七年十月伊藤に手形を騙取される。

(2)  原告会社清水常務が同年十二月被告会社沖浦支社長より被告会社は伊藤のいうような融資には無関係である旨伝えられる。

(3)  昭和二十八年一月二十七日本件手形所持人訴外大阪証券融資株式会社より本件手形の支払呈示を受けたが支払を拒絶する。

(4)  同年二月十八日右大阪証券融資より本件原告及び訴外株式会社関西電業社に対する本件手形金支払請求の訴が提起される。

(5)  同年七月四日右関西電業社より右大阪証券融資、本件原告、本件被告他二名の関係者に対し調停の申立があつた。

(6)  昭和二十九年三月二十六日本件原告は金百三十万円を、右関西電業社は金五万円を右大阪証券融資に支払う旨の調停が成立した。

(7)  同年七月二十九日本件原告より伊藤外二名を告訴する。

以上の経過において弁護士亡岡本尚一、弁護士間狩昭が(4) の訴訟、(5) の調停、(6) の告訴につき本件原告の代理人となつた。しかし本件被告に対する損害賠償請求事件については何等の委任も受けていなかつた。

そもそも訴訟代理人は訴訟についての代理人であるから本人たる原告が被告に対する損害賠償請求をなし得る確信の下に訴訟代理人に訴の提起を委任したのに拘らず該代理人がこれを忘却する等の事由によつて訴を提起しなかつた場合にはじめて被告のいうような時効が進行するのであつて、本人たる原告は被告に対する請求権の存在を確信しておらずその判断を弁護士に委ねたにすぎない本件においては当該弁護士が被告に対して損害賠償請求をなし得ると判断しても本人がその旨を告げられるまでは時効の進行が開始する謂われはない。

特に本件では、被告は終始伊藤豊繁の本件手形詐取は被告会社の事業と全く関連がない旨主張しており、そのため前記調停においては被告を除いた当事者間でのみ成立したのであつて、当時の原告代理人亡岡本尚一及び間狩昭弁護士は被告に賠償責任が存するか否かを調査する意味においても伊藤豊繁を告訴したのであるが右間狩弁護士は被告の使用者責任の存在については消極的な見解を持つていたためその後調査を打切つた。従つて原告としては被告に対する請求権の存否については甚だ悲観的な見解を有していたのである。

その後原告は昭和三十五年十一月頃に至り本件訴訟代理人岡本拓、太田稔等に対しその後の進行状況を問合せ、同月中旬頃、刑事判決及び一件記録の内容を検討した右代理人より、伊藤豊繁の本件手形詐取は被告の事業の執行につきなされたもので被告に対し損害賠償請求権が存在する旨知らされたのである。

従つてこのときはじめて原告は被告に対し損害賠償請求権を行使できることを認識したというべきで、消滅時効はこれより進行を関始する。

被告は民法第七百十五条に基く使用者に対する損害賠償請求権の消滅時効は被害者が加害者とその使用者とが使用関係にある事実を知つたときより進行を開始すると主張して判例を引用するがその判例は使用者及び使用関係の認識があれば消滅時効が進行するとの趣旨のものではない。

すなわち昭和一二年六月三〇日大審院判決(民集一六巻一二八五頁)は被用者に対する請求権と使用者に対する請求権との消滅時効は別個に進行するものであることを明かにし、使用者に対する請求権の消滅時効は使用者に対して損害賠償請求をなし得るに至つた時期より進行を開始するものであると判示しているのであつて、原告が主張するところと全く同趣旨の判例なのである。

被告は、原告が伊藤豊繁に本件手形詐取の経緯を告白させて絶対有罪の確信を得て同人を告訴したというが、伊藤の有罪なることの確信を得ても被告に対する請求権の存否を確信したことにはならず、また伊藤の如き巧言令色を弄する詐欺漢の言は原告として到底信用することのできないもので、そうであつたればこそともかく伊藤を告訴して刑事判決を得た上去就を決する方針でいたのである。

元来不法行為における短期消滅時効制度の趣旨は、不法行為は事実行為で年月の経過と共に立証が困難となる点を考慮して定められたものであるから、当該不法行為につき刑事訴追が行はれていた本件の如き場合は立証の困難性は存せず、従つて刑事判決によつて被害者たる原告が被告に対する請求権の存在を確信するに至つたときでなければ時効は進行を開始しないと考えるべきである。

そうでなければ刑事判決によつて使用者に賠償責任の存しないことが明らかとなるような事案においても刑事判決をまたずして損害賠償請求の訴を提起しなければならないこととなり徒に濫訴の弊風を助長することになる。」と述べた。

証拠<省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁ならびに抗弁として、

「原告主張の請求原因事実中昭和二十七年十月当時訴外伊藤豊繁が被告会社大阪東支社南支局長であつたことは認めるがその余の事実はすべて争う。なお同訴外人は被告会社の一支局長として生命保険契約の募集業務に携つていたにすぎず、融資業務については全く権限を有していなかつたし、又生命保険会社である被告会社自体本件の如き手形割引は一切行つていないのであるから原告主張の損害は民法第七百十五条にいわゆる被告会社の事業の執行につき加えた損害ではない。

仮に被告に原告主張の損害賠償義務があるとしても原告の損害賠償請求権は昭和三十五年十二月七日本訴提起当時既に時効によつて消滅しており、被告は本訴においてこれを援用する。

民法第七百十五条に基く使用者に対する損害賠償請求権の消滅時効は同法第七百二十四条の解釈上被害者又はその法定代理人が不法行為による損害、直接の加害者(被用者)を知るのみならず使用者及び使用関係を覚知してこれに基き使用者に対し損害賠償請求をなすことを得るに至りしときから進行を開始すると解すべきである(昭和一二年六月三〇日大審院判決、民集一六巻一二八五頁)。

ところで本件不法行為の被害者たる原告は遅くとも直接の加害者たる訴外伊藤豊繁を告訴した昭和二十九年七月二十九日には次に述べるところからして右各事実を知悉していたものでこの時点において既に被告に対し損害賠償請求をなし得たことは明らかである。従つてこの時から被告に対する損害賠償請求権の消滅時効は進行を開始し三年を経過した昭和三十二年七月二十九日には時効が完成している。

すなわち原告会社代表者滝田茂松、常務取締役清水光夫は

(一)、昭和二十七年十月二十四日頃本件手形を訴外伊藤豊繁に交付するとき同訴外人が被告会社大阪東支社南支局長である事実を知つていた。

(二)、昭和二十七年十二月末ないし同二十八年一月に原告も認めるとおり被告会社大阪東支社長沖浦耕之助や被告会社取締役木村喜一から本件手形による融資の話は被告が全く関知しないものであることを聞いて原告は本件手形を右訴外人に詐取された事実を覚知しており、それが所持人たる大阪証券融資株式会社から支払のため呈示されるやいずれも詐取の理由を以て拒絶しておる。

(三)、昭和二十八年二月十八日右訴外会社から大阪地方裁判所に本件約束手形金請求の訴(昭和二八年(ワ)第六〇三号、相被告株式会社関西電業社-右手形の裏書人)を提起されるや原告は同年六月五日次の理由で被告に対し右訴訟を告知して来た。すなわち(然るに前記二通の手形は告知人が被告知人に割引のため交付したものであるところ被告知人社員がこれを横領して他の高利金融業者の割引融通を受けて割引金を着服した如くであるが右手形を再割引取得したと称する原告から本件訴訟が提起されたのである。被告知人は告知人に対して右手形二通を返還する義務があるゆえ本訴訟において告知人が敗訴した場合は告知人は被告知人に対しその損害の賠償の請求をなし得べきであるから民事訴訟法の規定によつてここに右訴訟を告知する)と。

(四)、ところが右訴訟係属中である昭和二十八年七月四日本件手形の裏書人であり右訴訟の相被告である訴外株式会社関西電業社から訴外大阪証券融資株式会社、原告、被告及び訴外井上恵造の四名を相手方、訴外伊藤豊繁外一名を利害関係人として大阪簡易裁判所に本件約束手形金の支払方法に関する調停申立があり(同庁昭和二八年(メ)第三三九号)、調停を重ねた結果昭和二十九年三月二十六日に至り、申立人株式会社関西電業社、相手方大阪証券融資株式会社及び原告の三者間にのみ左記要旨の調停が成立した。

一、関西電業社及び原告は大阪証券融資株式会社に対し各自本件約束手形二通合計金二百万円の支払義務を認める。

二、大阪証券融資は原告に対し右債務の内金七十万円、関西電業社に対して右債務の内金百九十五万円の支払義務を免除する。

三、原告は金百三十万円(免除残額)を昭和二十九年四月十日限り大阪証券融資に支払う。

四、関西電業社は金五万円(免除残額)を昭和二十九年四月一日限り大阪証券融資に支払う。

かくて原告は右調停により本件手形所持人たる訴外大阪証券融資株式会社に手形金内金百三十万円を支払うことを約したことにより本件不法行為による損害の発生ならびにその額を覚知したものである。

(五)、しかも原告はその後更に訴外伊藤豊繁に面接して本件手形を詐取した経緯を告白させ以上の事実を再確認し、絶対有罪なることの確信を得て昭和二十九年七月二十九日同人を詐欺罪で告訴したのであつて、当時使用者責任の要件事実たる前記各事実を十二分に認識していたことは疑う余地がない。」と述べ、

なお「原告は、刑事判決及び一件記録の内容を検討した本件代理人より伊藤豊繁の本件手形詐取は被告の事業の執行につきなされたもので被告に対して損害賠償請求権が存在する旨知らされたのは昭和三十五年一月中旬であるからそのときに始めて被告に対し損害賠償請求権を行使することができることを認識したものというべく消滅時効は右の時期に至つて始めて進行を開始すると主張する。

しかしながら訴外伊藤豊繁は原告の告訴の趣旨どおりの罪が確定したのであり、原告が右伊藤を告訴した当時とその刑事事件の判決確定後その記録を調査した後とにおいて本件使用者責任の要件事実についての原告の認識には差異のあらう筈はなく、唯単に主観的な法律判断が変つたのにすぎないのであるからその間に消滅時効が完成しても何等異とするに足らない。

そもそも消滅時効が進行するには権利者が権利発生の要件事実を覚知しもつて自己の権利を行使し得べき状態にあることを以て足るのであつて、現実に権利者が何時自己の権利が存在し、行使できることの判断に到達したかは問うところではない。蓋し権利者の法の不知ないし主観的判断の如何によつて時効の起算点が左右されることは権利不行使状態の一定期間継続という客観的事実によつて権利消滅の効果を生ぜしめ以て法的安定をはからんとする消滅時効制度の趣旨と相容れないからである。」と述べた。

<証拠省略>

理由

被告は、仮に原告が被告に対しその主張するような損害賠償請求権を有したとしても、それは既に本訴提起当時民法第七百二十四条に定められた三年の時効によつて消滅しておる旨主張するので先ずこの点から判断することとする。

民法第七百二十四条は不法行為に因る損害賠償の請求権は被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知りたる時より三年間これを行はざるときは時効に因りて消滅すると規定する。

それは一般に消滅時効は権利を行使することを得るときより進行すると規定され(民法第百六十六条)、その際権利の存在や行使可能性の不知等権利者の主観的容態は権利行使上の単なる事実上の障害として時効進行について影響を及ぼさないと解されているのであるが、不法行為による損害賠償請求権にあつては一般の債権と異なり被害者側で損害の発生や加害者を知らない場合苛酷な結果を生ずるのでこの点被害者の立場を顧慮したものに他ならない。

従つて被用者の不法行為による使用者の損害賠償請求権においては時効制度の趣旨からして被害者又はその法定代理人が違法行為による損害の発生、直接の加害者(被用者)及びこれと使用者との使用関係の存在を知つたときから三年の消滅時効が進行を開始すると解するのが相当である。

この場合被害者が、当該不法行為が職務の執行につきなされたものであることを認識したか否かもしくは使用者に対し損害賠償の訴を提起し得るとの確信を有したか否かは何等時効の起算点に影響を及ぼすものではないと解すべきである。蓋しこのような被害者の主観的な判断の如何によつて消滅時効の起算点を左右することは時効制度の趣旨に反するからである。この点に関する原告の主張は採用することができない。

ところで訴外伊藤豊繁が昭和二十七年十月当時被告会社大阪東支社南支局長として勤めていたことについては当事者間に争いがなく、なお成立に争いがない甲第一号証の一ないし十九、証人清水光夫の証言によると「右伊藤豊繁は訴外井上安次、同田岡康夫と共謀の上昭和二十七年十月二十四日頃大阪市東区備後町二丁目野村第二ビル内被告会社大阪東支社南支局において原告会社常務取締役清水光夫、同代表取締役滝田茂松、同取締役梶原久雄に対しその事実なきに拘らずあるように装い、被告会社大阪支社として原告会社の手形を入れてくれたら三百万円位融資してやる旨申向け、同人等をして約束手形を差入れるにおいては真実被告会社が融資してくれるものと誤信させ因つて同月末頃原告会社代表取締役滝田茂松振出にかかるいずれも受取人を白地とした金額百万円の約束手形三通(但し満期は夫々昭和二十八年一月二十二日、同年一月二十七日、同年二月一日となつている)を交付させてこれを騙取した。

その後訴外伊藤豊繁は同田岡康夫を通じ右満期昭和二十八年一月二十二日とした金額百万円の約束手形に対する融資金として利息を差引き金九十七万円余を原告に交付したのみで再三の請求にも拘らずその余の融資金を持参しなかつた。」ことが認められる。

而して原告会社代表者が昭和二十七年十月二十四日頃訴外伊藤豊繁が被告会社大阪東支社南支局長として勤めていた事実を了知していたこと、同代表者が同年十二月末に至り被告会社大阪東支社長沖浦耕之助より、同二十八年一月に至つて被告会社取締役木村喜一よりいずれも右融資契約は被告の関知しないところであると聞知し、本件手形(昭和二十七年一月二十七日、同二十八年二月一日満期分)の満期が到来し、その所持人である訴外大阪証券融資株式会社より支払のため呈示されるといずれも詐取の理由を以て支払を拒絶したこと、昭和二十八年二月十八日右訴外会社から原告及びその裏書人である訴外株式会社関西電業社に対し本件約束手形金請求の訴が提起されるや原告は同年六月五日被告に対し訴訟告知をして来たこと、右訴訟係属中右関西電業社が右大阪証券融資、原告、被告等を相手方として大阪簡易裁判所に申立てた本件約束手形金の支払方法に関する調停において、昭和二十九年三月二十六日に至り原告は右大阪証券融資に対し本件約束手形二通合計金二百万円の支払義務を認める、右大阪証券融資は内金七十万円の支払義務を免除し、原告はこれに対し免除残額金百三十万円を昭和二十九年四月十日限り支払う旨の調停が成立したこと、原告会社代表者が昭和二十九年七月二十九日訴外伊藤豊繁を詐欺罪で告訴したことについてはいずれも当事者間に争いがなく、また原告が調停条項どおり金百三十万円の支払をしたことは前掲各証拠によつてこれを認めることができる。

叙上の経緯からすると原告会社代表者は訴外伊藤豊繁を告訴した昭和二十九年七月二十九日には本件詐欺行為による損害の発生、直接の加害者である同訴外人と使用者である被告会社との間の使用関係の存在を知つたものというべく、このときから民法第七百二十四条所定の三年の消滅時効は進行を開始することとなる。

従つて原告が本訴を提起したことが本件記録により明白な昭和三十五年十二月七日当時は既に右消滅時効が完成し、原告の被告に対する本件損害賠償請求権は時効によつて消滅したもので、これを援用する被告の抗弁は理由がある。

なお原告は当該不法行為につき刑事訴追が行はれているときは年月の経過による立証の困難性は存しないから刑事判決により被害者が損害賠償請求権の存在を確信するに至つたときでなければ消滅時効は完成しない旨主張する。

原告主張のとおり証拠保全の困難を救済することが時効制度の存在理由と考えられることは勿論であるがこれはむしろ第二次的なものでその根本的な存在理由は一定の事実状態が一定の期間継続した場合に真実の法律関係の如何を問うことなくその事実状態を尊重しこれを法律関係とし社会の法律関係の安定をはかる点にあるのであつて右原告の主張は採ることができない。

以上述べたところからして原告の本訴請求は爾余の諸点を判断するまでもなく失当で棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山口定男)

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